日本百名山「八ヶ岳(編笠山)」(富士見高原登山口より西岳、編笠山周回)

山行記録

◎2015.1.2(Fri)-3(Sat) 天気:晴れ後曇り(1/2)曇り後晴れ(1/3) 気温:-16~0℃

◎コース:

  • 一日目:07:33富士見高原ゴルフ場駐車場-08:12五叉路分岐-13:10西岳山頂-16:07青年小屋(行動時間:8時間34分)
  • 二日目:08:22青年小屋-09:12編笠山山頂-11:55五叉路分岐-12:16富士見高原ゴルフ場駐車場(行動時間:3時間54分)(延べ行動時間:12時間28分)

◎標高差:約1184m

昨年末、西穂、独標を断念し、フラストレーションが溜まっている私とKは、年明け、再び山へ向った。
今回の目標は、八ヶ岳連峰中の編笠山で、あわよくば、権現岳を狙う、というものだ。

今回の気圧配置は冬型が強いものの、天気が悪いのは日本海側に限定され、八ヶ岳周辺の晴れは間違いない。
ただし、気温は低く、森林限界上では、強い西風に吹かれることが予想された。
また、正月の晴天、かつ、青年小屋には冬季小屋があるので小屋泊可能、登山口から山頂までのコースタイムは南八ッ岳の中では最も短い、ということもあり、入山者は多く、トレースは踏み固められている、と予想した。
更に、編笠山は、八ヶ岳連峰最南端に位置すること、他の山に比べて標高が低いこと、等を考えると、八ヶ岳の他の山よりは積雪は少ないだろう。

この予想は、ほとんど当り、一つだけ間違えた。
天候は予想通りだった。
編笠山を登る入山者は、予想通り多かった。
しかし、西岳を登る入山者は、ほとんど居なかったのだ。
これは、私の今までの登山歴の中で、最も過酷な状況に追い込まれる結果となった…。

現地、富士見高原ゴルフ場駐車場到着は07:20。
富士見高原ゴルフ場駐車場

時計の気温計で-7℃。
ぼちぼち準備して出発。

一日目

07:33富士見高原ゴルフ場駐車場

富士見高原ゴルフ場駐車場

さて、出発。
編笠山、西岳の周回コースは、過去に歩いたことがある。
これも、この山を冬季に登ろうと考えた理由の一つだ。
その記憶は、まだ新しい。
見覚えのある、起伏に乏しい道を淡々と歩く。

08:12五叉路分岐

五叉路分岐

編笠山、西岳の分かれ道に到着した。
ここは西岳へ進むのが予定のルートだ。

なぜ西岳方面なのか?
それは、今晩、青年小屋にテントを張る予定であり、青年小屋へ至るには、編笠山経由で至るよりも西岳経由で至った方が標高差が少なく済み、楽だから。
それだけの理由であり、他の登山者も同様の判断をするだろう、と予想したからだ。
というか、そんなことを考えるまでもなく、それが当然、のように西岳へと向かった。

不動清水。
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ここより先、若干、傾斜がきつくなるので、チェーンスパイクを装着した。

進むほどに、徐々に傾斜はきつくなり、それと共に積雪量は増す。
トレースは…。
二日ほど前位のものか?ウッスラとしたものがポツリポツリと一人分のみ付いている。
このトレースの意味は、ルートを示す赤テープの補助でしかない。
雪を踏みしめ、自らルートを切り開きつつ登った。

今日の荷物は重い…。
雪山装備一式+雪山テン泊装備一式+ロープまで背負っている。
背負っているザックは、モンベルのバランスライト40。
この40Lのザックの荷室は、はみ出さんとばかりに荷物でパンパンに膨れ上がり、外にはピッケルだのショベルだの、いっぱいぶら下がっている。
まあ、このザックに対してこの重量・容量は完全に積載オーバーで、ザックのバランスは極端に悪くなっている。
これが原因で、背中に荷重が乗らず、ショルダーパットに荷重が集中しているようだ。
2時間も歩くとショルダーパットが肩に食い込んできた。
異様に肩が凝る。
ザックを背負い直したり、チェストストラップを付けたり外したりしながら、だましだまし登った。

それでも、チェーンスパイクで済む傾斜のうちは、まだ、マシだった。
更に傾斜がきつくなり、P2138手前辺りでアイゼンに履き替えた。
肩は多少楽になったが、今度は足がズッシリと重くなった。

そんな中、本格的にラッセルとなった。
7931-7

P2138先では、二ヶ所、尾根が露出する。
荷物は重く、雪は踏み固められていないので柔らかい。
結果、アイゼンの刃が効きづらく、踏ん張りが利かない。
ズルズルと後退しつつ、強風の中、この斜面を登った。

これは二ヶ所目の露出箇所。
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膝上まで潜るようになった…。
これで私はノックダウン…。
ちなみに、レンズが濡れているのは、樹林の枝に雪が積もっており、その重みで枝が垂れさがっている。
その枝下をかいくぐる度に、頭から雪を被ることになる。
その雪がカメラポーチ内に進入してくる為です。
”宇宙服かよ…”と思うようなオーバーグローブを手にはめている為、カメラポーチの開け閉めが上手くできない。
結果、カメラポーチが半開きになっていました。
というか、半開きのことなんか気にしていられないほどきつかった。

五叉路分岐から西岳山頂までの夏道コースタイムは、2時間40分。
それに対して、私達は約5時間と、倍近い時間を要した。

13:10西岳山頂

西岳山頂

やっと山頂到着…。
私は完全にスタミナ切れでヘロヘロだ。
途中、ほとんど口にしていない。

しかし!見よこの景色!
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この景色を見て、一時的だが疲れが吹っ飛んだ。
こういう景色。
車で移動したのでは、決して見ることができない景色。
自分の足で稼いだ、苦労の代償の景色。
私は、こういう景色が見たくて山を登っているようなものだ!

…。

そんなカッコいいことを言っている場合ではない。
西岳を登る登山者は、ほとんどいないことは、痛いほど身に染みた。
西岳山頂から青年小屋まで、夏道コースタイムで50分ほどだ。
西岳に登るまでの経緯で、50分で青年小屋に着くのは夢物語なのは分かっている。
仮に、その倍。
1時間40分だとしても、西岳を降り登山口に戻るよりは、青年小屋へ向った方が、今日という日を早く締めくくることができる。

登山口には、登山者の車が6台ほど駐車されていた。
しかし、今日はまだ、誰とも会っていない。
つまり、皆、編笠山へ向ったと思われる。
それは、編笠山方面のトレースは踏み固められ、しっかりしていることを意味しており、青年小屋から編笠山経由の道のラッセルは大したことはない、と想像でき、予定の下山路は安心できる。

幸い、ウッスラとしたトレースが青年小屋へと続いている。
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西岳の剥き出しの山頂は強風が吹き荒れており、この風から早く逃れたく、青年小屋へと続くトレースを追った。

そう、トレースを追うことにした。
追った結果を知っていれば追わなかったかも知れない。
私達にとっての真の地獄はここから始まるからだ。

西岳山頂から青年小屋までの起伏は少ない。
かつ、分かってはいるものの、夏道コースタイムで”50分”という数字は、今の私達には相当魅力的な数字だった。
”過去に歩いている”という経験も、この場合、余計だったかも知れない。
知っているが故に、青年小屋までの道程は大したことはない、という固定観念がありナメていた。

青年小屋へ至る道は、基本、樹林帯の中を進み、トレース上を歩ければ、脛ほどのラッセルで済む。
これ自体は、起伏が少ない分、大した作業ではない。
しかし、いくら樹林が雪、風からトレースを守ってくれていても、今居るのは西岳から編笠山へ続く稜線上だ。
樹林の密度が薄く、風が抜ける場所ではそうはいかない。
トレースは全て吹き飛び、又は雪で埋まる。

トレースを外れれば、腰上まで潜る。
そんな時は、泥の中をもがくように進むことになる。
落とし穴のように、片足だけ股まで潜り、引きずりこまれる時もある。
その度に、渾身の力を振り絞って、這い上がるわけだ。
この作業を何度も何度も繰り返す。

私は、もはや惰性で進んでいる…。

それに対して、Kのスタミナは大したものだ…。
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私を尻目に、グングン進む。
先行しているKは、時折、立ち止まり私を待っている。
トレースが消え、進行方向が分からなくなるのだ。
その度に私が追い付き、進行方向を見定める。

たまにトレースを見誤り、落とし穴にはまってしまうこともあるが…。

途中、樹林の切れ目から、編笠山の麓にある青年小屋が見えた。
その編笠山と青年小屋の位置関係は、西岳の山頂から見た位置関係とほとんど変わりがなかった。
つまり、大して前進できていないわけだ…。
とは言うものの、相当な時間進んでいる。
感覚的には一時間以上は歩いており、つまり、夏道コースタイム以上は歩いているはずだ。
”本当にそうなのか?”
億劫だったので、時計を確認する気持ちは、これっぽちも起きなかった。

この、大して進めていない光景を見てしまった私は、心が折れた…。
私はKに、”ここにテントを張ろう”と主張した。
雪で凹凸が無くなった稜線上では、風下で、テントを張れる場所はいっぱいある。
心が折れた私は、今日という日を早く締めくくりたかった。

それに対してKは、”冗談じゃない”と言った。
青年小屋の冬季小屋内に敷かれている畳の上で寝るんだ、と。
”そうか…”
Kは極端な寒がりだ。
この雪の中で寝ることを恐れているらしい。
明日の山頂最低気温は-20℃と予報されているのをKも知っている。

私は、私の主張をキッパリとKに否定され、”ゴールは青年小屋”と覚悟を決めた。

不思議なもので、覚悟を決めれば弱気は飛んだ。
相変わらず、惰性で進んでいるが、進めばルートは自然と消化される。
見覚えのある、青年小屋の水場にも着いた。

更に進み、青年小屋が見えた。
夏道コースタイム50分の区間を消化するのに要した時間は、三倍以上、三時間に達しようとしていた。

16:07青年小屋

青年小屋

”やっと着いた…”
西岳山頂に到着した時点でヘロヘロだった私にとって、その後の三時間のラッセルは…、正に地獄のようだった。

私が履いているシューズは、スポルティバ「ネパールキューブGTX」
こいつのアウトソールは”夏靴か…”と思わんばかりに薄く、ラッセルに耐えられるか不安だった。
耐えられないようならインソールを換装しようかと考えていたが、まだ、換装していない。
しかし、ノーマルのインソールであっても、特に冷たい思いをさせられることは無く、助かった。

青年小屋のテント場には、テントが一張り張られていた。
青年小屋の冬季小屋に入るべく、入口へ向った。
冬季小屋の入口周辺は、私の肩ほどに雪が積もっていた。
入口は掘り出されていたが、再び閉じ込めん、とばかりに掘り出した跡に再び雪が積もり、入口のドアを完全に開けることはできなかった。

冬季小屋内に入ると、テントが一張り張られていた。
初老の男性が一人、テント内で寝ていた。

その男性と挨拶を交わした。
”どこから登って来たのか?”と問われたので、”富士見高原から西岳経由”と返答するとビックリしていた。
その男性は、青年小屋で二泊目に入っており、西岳方面へ何人か向ったが、雪が深いので、皆、戻って来た、と言った。
昨日は外にテントを張ったが、寒くて敵わず、今日は冬季小屋内にテントを張ることにした、とも言った。

既にこの時間だ。
これから青年小屋に至る登山者も居ないだろう。
冬季小屋内の場所を分けてもらい、我らも冬季小屋内にテントを張ることにした。

青年小屋の冬季小屋は、木造平屋建てだ。
入口のドアはスチール製で、ドアが雪で埋もれた時の為に、ドア上部に開口部が設けられている。
室内は、土間と居室部に分かれており、居室部には全面、畳が敷かれている。
居室部の具体的な広さは暗くてよく分からなかったが、二人用のテントを三張りほど張れる程度の広さはあった。

窓はない。
内部に入ると、冬季小屋は半分雪に埋もれていることもあり、穴倉に入ったかのような錯覚が生じる。
結果、ライトがなければ何もできない。

薄暗く、寒く、冷たい”穴”の中で、ザックからライトを取り出し、テントを設営した。
床は、いくら畳が敷かれているとはいえ、流石に冷たい。
Kはテントシューズを持ってきていたが、私は持っていなかった。
しかし、冬季小屋内、ということで、幸い風はない。
予備のウールソックスを取り出し、ソックスを二重履きにすれば、耐えられない寒さではなかった。

次は、”お湯”。
バーナーを取り出し、コッヘルで雪をすくい、これで湯を作った。
使用しているバーナーは、SOTO「ウィンドマスター」プリムス「IP-250U ウルトラガス」
このバーナーは、過去に雪山に持ち込んだ時、問題なく使用できたので今回も持ち込んだ。
このバーナーは、今回もドロップダウンすることなく、頼もしく燃焼した。
KもEPIのバーナーを持ってきていたが、こちらは燃焼することはなかった。

どうも、Kの動きは鈍い。
流石に疲れたようだ。
それとも、寒さに怯えることから逃れることができ、その安堵により緊張の糸が切れたか?
指示をすれば動いたが、指示しなければ、何から手をつけていいか分からない様子だった。
私は意外に元気だった。
私も疲れてはいたが、その疲労は筋肉痛になるような疲労とは違った。
私のそれは、圧倒的な血液不足、酸素不足で筋肉に力が入らないかのような疲労だった。
重いザックから解放され、設営準備で床に座っていたら、自然と体力は回復していた。

Kは、食欲が無い、と言った。
しかし、最後にまともに飯を食ったのは朝飯だ。
ちょっとでも口に入れるべく、明日の行動食用に背負ってきたパンを取り出した。
冷たかったので、バーナーで温められないか試したが、表面が焦げるだけで、上手く温められなかった。
仕方ないので、湯で乾燥スープを作り、これと共に冷たいまま食べた。

私はタバコを吸う為に、時折、外にでる。
陽が沈み、風が強くなったようだ。
当然ながら、気温も低下している。
私の額にある、点きっぱなしになっているヘッドライトの明りは、キラキラとダイアモンドダストを浮かび上がらせていた。

”さて、穴倉に戻るか”
全ての準備を終え、飯も食ってしまい、やることが無くなってしまった。
微かな風音しか届かない小屋内では、隣で男性が寝ていることもあり、ラジオを付けるのも憚られる。
まだ18:00頃だが、寝ること位しかやることが無くなったので、早々にシェラフに潜り込むことにした。

この穴倉は、早々に寝るにはうってつけだ。
なんせ、真っ暗で、静かだ。
流石に”こんなに早く寝れるかな?”と思ったが、10分もすると夢の中だった。

これじゃ、熊の冬眠と変わらんな…。

シェラフの中で、Kは私に”明日はどうするのか?”と聞いた。
”権現岳へ向うのか?”と尋ねているようだ。
”行けるわけないだろ”と返事をすると”諦めるのか”と言ってきた。

”行かない”

話はそれで終わった。

二日目

夜中、眼球が圧迫される鈍痛で何度か起きた。
”いつもの”これ”か…”
私は高所に弱く、この位の標高でも、しばしば、高山病の症状がでる。
どれだけ効果があるか分からないが、起こされる度に、極力、酸素を取り入れるべく深呼吸をして凌いだ。

また、小屋に叩きつける風の音も目を覚めさせる原因の一つだった。
”こんなに風が強いんじゃ、昨日付けた西岳へのトレースは全て消えたな…”と、半分夢の中、思った。

穴倉の中は真っ暗で、完全に私の体内時計を狂わせた。
時折、起きるが、私が思っていた時間とはまったく違う時間だった。

何時だったか?隣の男性がモゾモゾと準備を始めた。
目覚ましの音はしなかったので、彼の体内時計により起きたのだろう。
それに気づいたが、私は眠かったので寝続けた。

次に私が目を覚ましたのは07:00頃だった。
隣の男性のテントは解体され、残るはパッキングだけ、といった状況だった。

私はタバコを吸う為に、外に出た。
雲は重く垂れこめていたが、幸い、雪は降っていない。
昨夜同様、未だに猛烈な風が吹いており、その風は雪を巻き上げ雪煙となっていた。
昨日、我らが付けた青年小屋敷地内のトレースや、コッヘルですくった雪の跡は全て消え去っていた。

…。

つまり、寒い。
穴倉に戻り、時計の気温計を確認すると-12℃を示していた。
外気は恐らく、-20℃に近いだろう。

今日の気圧配置も冬型が続き、八ヶ岳辺りは気温は低く風は強いが晴れの予報だった。
この気温と風だ。
どうせ出発できない。
我らは、ノソノソと撤収を開始した。
もっと陽が高くなれば、気温は上がり、ガスは晴れ、風は多少は弱まるはずだ。

さて、どうやって帰るか…。
帰り道は、三本考えられる。

まずは、来た道を帰る。
これは、昨日私達が付けたトレースが残っていれば考えなくもないが、ほとんどトレースが消えているであろう西岳へのルートを進めば、昨日の地獄の再演をしなければならなくなる。

次は、予定ルートの編笠山を登頂し、富士見高原へ帰るルートだ。
このルートの場合、編笠山登頂前後、吹曝しとなり、相当強い風に煽られることになる。
特に、私の過去の記憶では、編笠山から富士見高原方面へ降る山頂直下の吹曝しは、傾斜が相当キツイ記憶が残っており、この風の中、無事、急斜面を降れるか?少々心許ない。
また、吹曝しの斜面では、全てのトレースが消失していると思われ、だだっ広い吹曝しの斜面をルートを間違えずに樹林帯へ逃げ込めるか?これも、少々心許ない。

最後は、吹曝しを通過せずに済む、観音平へ降る道だ。
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この道は安全そうだが、私は過去にこのルートを歩いたことがなく、よく分からない。
また、観音平に下山した場合、富士見高原に停めてある車まで戻るのが厄介なのがこの道を躊躇させる。

今、青年小屋には我らを含め四人、三パーティーが居る。
お一人は、冬季小屋を共にした男性。
この方は、観音平へ下山する。

もうお一人は、外でテント泊した若者。
この方は、富士見高原へ下山する。
私と同じく、富士見高原に車が置いてあるからだ。

いづれの方々も、我らより先に出発し、いづれの方も、トレースを付けておくからそれを追って来ればいい、と言ってくれた。
この風の中、トレースはどれだけ当てになるか分からないが…。

取りあえず、いつでも出発できるように準備は終った。
その準備が終わる頃には、曇り空というよりは明るくなり、多少、風は弱まった。
私の期待通りといえば言えなくもないが、風が弱まったとはいえ、さっきよりはマシになった、という位のものだ。

時計の気温計で-16℃。
富士見高原へ下山するべく、編笠山へ向けて出発。

08:22青年小屋

青年小屋

青年小屋敷地内で脛ほどのラッセルを経た後、編笠山山頂へと続く剥き出しの尾根を望んだ。
剥き出しの尾根は、冷たい風に叩きつけられている。

Kは、昨夜から引き続き調子は上がっておらず、昨日、西岳から青年小屋までラッセルした、あの勇ましさは影を潜めていた。
私が先を歩く。

私は意を決し、斜面に取り付いた。

気温-16℃の風は風速でいえば、間違いなく20mを超えているだろう。
いや、30mを超えているか…?
風速1mで体感気温は1℃低下するという。
とすれば、体感気温は、控え目に見ても-36℃ということか…。

その冷たい風は容赦なく私達に叩きつけ、簡単にバランスを崩させる。
また、歩き出してすぐ、手の小指が一気に冷やされた。
まだ歩き出したばかりで、体温は上がっていない。
温まっていない血液は、小指を温めるには不足している様子だ。

”小指を揉みたい!”

試しに、オーバーグローブの上から揉んでみたが、まったく効果がなかった。
目の前、200mほどか?
200mほど先のルート途上にある樹林帯に、早く逃げ込みたい!
逃げ込んで、風が当たらないところでオーバーグローブを外し、指を揉みたい。
この時は、これしか頭に無かった。
しかし、雪に足をとられ、もどかしいほどに足は上がらない。
気ばかり焦り、息が切れる…。

やっとの思いで樹林帯に逃げ込み、オーバーグローブを外して指を揉んだ。
後を降り返ると、Kも同じように指を揉んでいた。
指は、感覚がなくなる一歩手前位まで一気に冷やされたが、指を揉んでいると、次第に感覚は戻ってきた。

樹林帯では、風からは逃れられるが、雪は深く、傾斜はきつい。
一時間ほど前、若者が先行しており、雪は崩されているが新雪と然程変わらず、膝上のラッセルが続いた。

樹林帯を抜け、再び、剥き出しの尾根に出るが、今は先ほどとは違い体温は上がっている。
ここの通過では、小指に支障は生じなかった。

再び、樹林帯に潜り込み、編笠山山頂に着いた。

09:12編笠山山頂

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山頂手前ギリギリまで、樹林帯が続く。
その樹林の影で、風から逃れつつ一息ついた。
これから、最後の難所を通過しなければならない。

どうもKの動きにメリハリがない。
様子を聞くと、ゴーグルが曇り視界が効かない、と訴えてきた。
ゴーグルを見ると、二重になったレンズの間が結露し濡れていた。
これでは、結露を拭うことはできない。
私が使っていたゴーグルをKに渡した。

そんなやり取りの最中、私はタバコを吸っていた。
吸うべく、バラクラバの口もと辺りを外していた。
タバコを吸い終わり、バラクラバで顔面を覆おうとしたら覆えない。
私の呼気で湿っていたバラクラバは、バリバリに凍っていたのだ…。
それでも、顔面を覆わなければならない。
バリバリに凍ったバラクラバで、無理やり顔面を隠した。
しばらくすると、私の呼気の暖かさで、再び生地に戻った。

このバラクラバは、ファイントラック「バラクラバビーニー」
この気温、この風の中で、ほとんど不足を感じることは無かった。
特に、額はゴーグルの曇り避けの為、分厚い構造になっており、これが保温に一役かっていると思われます。

山頂を踏み、富士見高原へ降る斜面に出ると、いきなり、北西よりの強風に煽られ、ストックで体風姿勢をとった。
先ほどの、青年小屋から編笠山へ登る斜面の時より風が強い!
この強風は飛雪を伴い、ゴーグルを外した私の顔面をビシビシと襲う…。
一気に顔面は冷やされ、私のまつ毛は瞬時に、白く凍った。

この風に耐えかねた私は、風下側に顔を向けて歩かざるを得なかった。
そんな体勢の私は、強風に煽られ、バランスを崩し、更に、アイゼンの刃をハイマツに引っかけ、おもいっきり転んだ。
アイゼンの刃が引っかかったのはハイマツだったが、転んだ先、膝が当たったのは岩だった。
あまりの痛さに、2~3分、そこにうずくまった…。

しかし、この強風の中、ずっとうずくまっていることはできない。
早く樹林帯に逃げ込むべく、ビッコ引きながら立ち上がった。

心配していた斜面の傾斜は、私の過去のイメージより遥かに緩いもので不安はなかった。
ただし、先ほど私がすっ転んだように、雪の下には所々ハイマツが隠れており、油断できない。
ハイマツの上に乗らないように、慎重に足場を選んだ。
また、傾斜が緩い、といっても風は猛烈に強く、降り用に長く伸ばしたストックでは安定せず、かといって、ピッケルでは短すぎ、何の補助にもならなかった。

その斜面は、だだっ広く、一面、ゴーロで、生えている植物といえばハイマツしかなく、一切、風から逃れることはできない。
雪は、ゴーロの窪みを埋める程度にしか残っておらず、トレースと言えるようなものは、ほとんど確認できなかった。
そんなゴーロ上を、アイゼンの刃で”ガキュッ”と、悲しげな、痛々しい音を奏でつつ降った。
ゴーロ上をアイゼンで進むので、早く降ることはできない。
その間、強風に叩きつけられ続ける。
しかし、その強風のお蔭で雪が吹き飛んでおり、ゴーロに塗られたルートを示すペンキはポツリポツリと確認できた。
そのペンキに誘導されつつ、なんとか樹林帯に逃げ込むことができた…。
樹林帯に逃げ込み、ザックを投げ捨て、座り込み、顔面と膝を忙しく揉んだ。

山頂からこの間、後を振り向く余裕はまったく無かった。
Kの気配を背中で感じていただけだ。
今、話を聞くと、Kは何度も何度もすっ転んでいたらしい。

この座り込んだ場所にて。
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写真を撮る余裕がようやくできた。
天気は予報通り快晴で、絶好の登山日和…。
画像に写っているのは北岳か?
こちら同様…、いや、標高を考えれば、こちら以上か?
頂からは雪煙が上がっていた。

今回の登山は、これでお終いみたいなものだ。
雪は相変わらず深いが、降り道だ。
今までの苦労に比べれば…、大したことには感じなかった。

降っていると、編笠山へ向う登山者がいっぱい登って来た。
やはり、富士見高原から編笠山へ向う登山者は多い。
すれ違ったパーティーは10組以上はいた。

この後は、なんの問題もなく下山できた。

11:55五叉路分岐

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クッキリと編笠山が見えた。
ここから見上げると、単に、美しいだけなんだが…。

12:16富士見高原ゴルフ場駐車場

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無事、帰還。

”こういう登山がしたい!”
今回の編笠山は私にとって、そういう登山になった。
こういう登山とは、総合力が試されるような登山のことだ。
現時点での、私の総合力を出しきった登山だった。
こういう登山がしたいが為に、色々想定し、道具を揃え、知識を仕入れてきた。
今回の登山は、それらを総動員することになり、なんとか耐えることができた。

後は、体力だな…。
一番大事な事だが、トレーニングが嫌いな私にとって、これは、昔からの課題。

本日は寄り道せず帰宅。

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